「篠塚辰樹選手の年収はどれくらいなんだろう?」「格闘技選手ってファイトマネー以外にも稼いでいるの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
実は、篠塚選手の年収はファイトマネーだけでなく、多角的なビジネス展開によって構成されており、推定500万円〜1000万円のファイトマネーに加え、複数のスポンサー収入やアパレルブランド、Bar経営などの収入源を確立しています。
この記事では、篠塚辰樹選手の推定年収の内訳や、彼がどのようにして格闘家としてのブランド価値を高め、様々な収入源を構築しているのかを詳しく解説していきます。
篠塚選手と同じく、タトゥーなどが入っていて華がある萩原京平選手の年収も気になる方は以下の記事でも紹介しています。

篠塚辰樹の年収の内訳
篠塚辰樹選手の年収の内訳を紹介します。
現在わかっている篠塚選手の収入源は以下です。
- ファイトマネー
- スポンサー料
- スポーツアパレルブランドの販売
- クラブイベントとBar経営
それらを合わせると大体3,000万〜6,000万ほどと推測されます。
それぞれの収入源について詳しく解説をします。
ファイトマネー
篠塚辰樹選手のファイトマネーは、まだチャンピオンではないものの、一定の人気を獲得している彼の試合出場料は推定500万円〜1000万円と見られます。朝倉未来選手などのRIZINのトップファイターが2000万〜4000万円と言われていますので、大体そのくらいと推測されます。
特に大晦日のビッグイベント出場時には高額報酬を手にする可能性も高いでしょう。また、過去にK-1との契約解消時に支払った違約金を、RIZINでのファイトマネーによって回収できたとの情報もありますので、1,000万以上はファイトマネーでもらっているでしょう。今後の活躍次第では、この収入源がさらに拡大することが期待されます。
スポンサー料
篠塚選手の試合映像を分析すると、7〜10社ほどのスポンサーロゴが確認できます。中でもドンキホーテは主要スポンサーとして目立つ存在です。格闘技選手へのスポンサー料は一般的に数十万円から数百万円と言われており、彼の場合:
スポンサー区分 | 推定金額(年間) | 備考 |
---|---|---|
メインスポンサー | 300万円〜500万円 | ドンキホーテなど |
一般スポンサー | 50万円〜100万円×6〜9社 | 試合ごとに変動あり |
合計 | 600万円〜1400万円 | 成績や露出度により変動 |
知名度上昇とともにスポンサー収入も増加傾向にあると見られます。
スポーツアパレルブランドの販売
篠塚選手は自身のアパレルブランド立ち上げという新たな収入源を開拓しています。現在のインスタグラムフォロワー数4.8万人のうち、購入率を保守的に0.5%と見積もっても月間240人の潜在顧客が存在します。商品単価約1万円、利益率50%として算出すると:
月間売上予測:100枚 × 10,000円 = 1,000,000円
月間利益:1,000,000円 × 50% = 500,000円
年間利益:500,000円 × 12ヶ月 = 6,000,000円
ブランド認知度の向上とともに、この収入は今後大きく成長する可能性を秘めています。
クラブイベントとBar経営
篠塚選手は格闘技以外の収入源としてBar経営にも進出しています。基本24時間営業なので、客単価1,200円、1日平均50人の来店があるとすれば:
- 日商:1,200円 × 50人 = 60,000円
- 月商:60,000円 × 30日 = 1,800,000円
- 月間利益(利益率10%):1,800,000円 × 10% = 180,000円
- 年間利益:180,000円 × 12ヶ月 = 2,160,000円
格闘家としての知名度を活かした集客により、通常のBarより高い集客力と安定収入を実現しています。また、試合がない時期の収入源としても重要な役割を果たしているでしょう。
篠塚辰樹の高校はどこ?
篠塚辰樹選手は千葉県の沼南高等学校でボクシング選手として頭角を現しました。高校2年生までの短い期間で、彼は数々の輝かしい成績を残しています。関東大会では見事優勝を飾り、インターハイではベスト8に進出しました。全国大会でも5位に入賞するなど、アマチュア時代から抜群の実力を発揮していました。
彼の主な成績は以下の通りです:
大会名 | 成績 |
---|---|
関東大会 | 優勝 |
インターハイ | ベスト8 |
全国大会 | 5位 |
これらの実績は、後のプロキャリアの礎となり、彼のボクシングセンスの高さを証明するものとなりました。沼南高校のボクシング部で培った技術と精神力は、現在の篠塚選手の強さの源泉となっています。
ボクシングとの出会いと高校中退の経緯
篠塚選手がボクシングと出会ったのは中学2年生の時でした。先輩に誘われたことがきっかけで、このスポーツに没頭していきます。元々は少年時代にサッカーに熱中していたという意外な一面も持っています。ボクシングの才能を開花させた沼南高校時代は、彼のキャリアにおいて重要な意味を持ちました。
しかし、順風満帆に見えた高校生活は途中で終わりを告げます。篠塚選手自身の証言によると:
- 校長の交代により、それまでの特別扱いがなくなった
- 3回目の停学処分の際に「バカはいらない」との理由で退学となった
- 退学後、名門ワタナベジムに入門してプロの道を歩み始めた
この挫折を乗り越え、彼はプロボクサーとして3勝(うち2KO)1敗という成績を残しています。高校を中退するという逆境が、むしろ彼を強くし、今日の活躍につながっていると言えるでしょう。
篠塚辰樹のタトゥーはなにが入っている?
篠塚辰樹選手の身体には、彼の人生哲学や大切な絆を表現するタトゥーが刻まれています。
篠塚選手の主なタトゥーデザインは以下の通りです:
部位 | タトゥーデザイン |
---|---|
右腕 | 竜の絵柄 |
左腕 | 打出の小槌 |
左腕 | 一蓮托生、平本蓮の名前 |
不明 | 毘沙門天 |
背中 | 自身の生年月日 |
特に左腕に刻まれた「一蓮托生」は、平本蓮選手も入れており、絆の強さがわかりますね。
篠塚選手のタトゥーは単なる装飾ではなく、彼の人生観や価値観を表現するものとなっています。右腕の竜は強さと勇気を、左腕の打出の小槌は小槌を打つのではなく、パンチを打ってお金を稼ぐとの思いがあります。また毘沙門天は武道の神様として知られ、格闘家としての道を極めようとする彼の決意が感じられます。